cat!cat!cat! 猫ついてのお話 3

cat!cat!cat!2020の会場にはそれぞれ、「猫についてのお話」を展示しておりました。これらは、参加して下さいました店主さまや展示作家さま、みなさまのそれぞれのエピソード。そっと置かせていただいていましたので、読まずに会場を後にされた方も多いと思います。そして遠方のみなさまにもぜひ読んで頂けたらとも。想いの込もった文章。アーカイブとしてひとつずつご紹介させて頂きたいと思います。

「猫と猫の境界線」 

 4年ほど前、青森の実家の庭にやってくる野良の雄猫と出会った。

 猫の気配を感じて、試しに窓から見える場所に置き餌をしてみたが、いつも餌だけが忽然と消えた。なかなかその姿を確認できなかったので、本当に猫なのかどうか疑ったほどだ。まだ姿を見たこともないその猫らしき生きものに、私は「シノビ」という名前をつけた。もちろん由来は忍者の「忍び」だ。

 今となっては、いたずらに置き餌をしたことも、このふざけたネーミングも、私の後先を考えない浅はかな行為だったと反省している。ようやく姿を見せるようになってからも、シノビは人との距離を断固として保ち、決して近寄らせなかった。私がシノビの引いた境界線をうっかり越えようものなら激しく威嚇した。

 このシノビの用心深さは、彼がそれまでの野良生活で否が応にも養われたものであり、またそうでなければとっくに命を落としていたということの証のように思えた。シノビは生き抜くために、忍ばねはならなかった猫だった。

 一方、我が家の姉妹猫・煤と墨の出自は、野良の母のお腹に宿った小さな命であったが、たまたま愛護団体に保護されたというだけで、引き継ぐはずだった野良何代目かの猫生を辛くも回避し、生後二ヶ月で我が家にやってきた。生まれてから一度も飢えや寒さを知らず、毎日家の中の一等地で昼寝して、起きたい時間に起き、朝と晩には自動的に飯が出てくる生活を送っている。硬いコンクリートや冷たい雪の上を歩くこともないから、その肉球はぷっくりとしていて柔らかだ。

 たまたま北国の野良に生まれただけのシノビと、二匹との違いは何だろう。いや、違いなどあるはずもない。皆「猫」には変わりはないはずなのに、とりまく環境は何もかも違う。野良の平均寿命が短いことを思えば、それがどれだけ過酷であるかは想像がつく。実家に滞在してシノビと接するうちに、私は「外の猫は自由で幸せ」で「室内飼いはかわいそう」などとは思えなくなった。

 好きで過酷な世界に生まれた猫などいない。

 人馴れが厳しいと思われたシノビは、その経緯は大分端折るが、三ヶ月の人馴れ訓練を経て、今、里親さんの元で暮らしている。まるで生まれた時から家猫だったかのような有り様で、野良時代は絶対に見せることのなかったお腹のポケット(の様に見える丸いブチ)を堂々と見せつけ、だらしなく家の中の一等地で昼寝する。カサブタで覆われていた肉球は、ぷっくりと柔らかく、本来の淡いピンク色を取り戻した。そんな姿を見れば尚更思う。シノビだって好きで過酷な世界に生まれた訳ではなかったんだ、と。

 けれど「外の猫は自由で幸せ」で「室内飼いはかわいそう」という猫と猫の間に引かれた見えない境界線は、かつてシノビが人との間に引いたそれよりもはるかに強固に、我々人の側に存在していると感じている。それが猫の可能性の芽が摘んでいく。

 どんな猫でも家猫になる才能がある。そしてどんな猫にもその猫生を全うして欲しい。できたら雨風に脅かされたり、食うに困ることのない場所で、その最期を見守ってくれる人の元で。

坂本千明さん
版画家、イラストレーター
HP https://sakamoto5.exblog.jp
Instagram @chiakisakamoto

展示会場 DAMO KAFFEE HAUS
自家焙煎珈琲と立ち飲みのお店
open12:00 – 19:30(L.O. – 19:00)
定休日/毎週水曜日
仙台市青葉区本町2-10-5 1F
電話 022-397-6603
HP damo.lomo.jp